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釜山鎮区は、三韓時代には居漆山国、新羅時代には東莱郡東平県、高麗時代には楊州東平県、朝鮮時代には東莱府の東平面の一部と西面の一部の地域に該当する。釜山鎮区という名称は、文禄の役のとき、釜山浦の関門ともいえる釜山鎭城から由来したもの。1936年に出張所が設置されたとき「釜山鎮出場所」と名付けられ、1957年には行政区画が区となり「釜山鎮区」となった。

時期,内容의 정보를 제공하는 반응형 沿革 표 입니다.
時期 内容의
三韓時代 内容
三韓時代 居漆山国の領域
505年 (新羅智証王6年) 大甑県を設置
757年 (新羅景徳王16年) 東莱郡東平県
1021年 (高麗顕宗12年) 楊州東平県
1519年 (朝鮮中宗14年) 東平県を東莱県に帰属
1547年 (朝鮮明宗2年) 東莱都護府に昇格
1914年 東莱郡西面
1936.4.1 釜山府に編入
1951.9.1 釜山鎮出場所を設置
1957.1.1 釜山鎮区の発足、大淵出張所の設置
1963.1.1 釜山の直轄市昇格とともに釜山鎮区の直轄移動と大淵出張所内の6洞に、東莱郡、亀浦邑、沙上面が釜山鎮区に編入(38洞管轄)
1975.10.1 10洞を分離、南区の発足
1978.2 .15 14洞の分離、北区の発足:22洞
1979.1.1 楊亭、開琴、釜岩洞の分洞:29洞
1982.5.1 釜田洞のほか行政区域8洞の調整
1983.12.5 釜田洞のほか法政洞5洞の境界の調整
1986.7.1 楊亭1,2洞の行政区域境界の調整
1988.5.1 自治区の開庁
1991.4.15 第1回釜山鎮区議会の開院
1995.7.1 初代民選区長の就任
1995.7.10 第2回釜山鎮区議会の開院
1998.7.1 行政洞の統合(楊亭1洞など8洞→4洞):全25洞に
1998.7.1 第2代目民選区長の就任
1998.7.3 第3回釜山鎮区議会の開院
1998.12.11 区庁舎の移転(釜田洞→釜岩洞)
2000.10.1 洞機能の全面的な刷新
2002.7.1 第3代目民選区長の就任
2002.7.3 第4回釜山鎮区議会の開院
2004.7.18 「健康都市」宣言、10つの健康ルールを公表
2006.7.1 第4代目民選区長の就任
2006.7.5 第5回釜山鎮区議会の開院
2010.7.1 第5代目民選区長の就任
2010.7.5 第6回釜山鎮区議会の開院
2013.2.1 行政洞の統合(堂甘1洞など4洞→2洞):全23洞に
2014.7.1 第6代目民選区長の就任
2014.7.8 第7回釜山鎮区議会の開院
2015.1.1 行政洞の統合(釜田1洞など4洞→2洞):全21洞に
2016.1.1 行政洞の統合(凡川2洞、凡川4洞を統合→1洞):全20洞に
2018.7.1 第7代目民選区長の就任
2022.7.1 第8代目民選区長の就任
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